2026年05月13日
刺身や寿司、しめサバを食べてから数時間以内に、みぞおちがキリキリと強く痛む——その腹痛、もしかすると魚に寄生する小さな虫「アニサキス」が原因かもしれません。
厚生労働省の食中毒統計では、2024年は事件数1,037件のうちアニサキスが330件で原因物質第1位となり、3年連続で最多となりました¹。本記事では、消化器内科医の視点から、症状・治療・予防のポイントをわかりやすくお伝えします。

アニサキスってどんな虫?
アニサキスは長さ2〜3cmほどの白く糸のような寄生虫で、サバ・アジ・サンマ・イワシ・カツオ・サケ・イカ・ヒラメなど、多くの魚介類の内臓や筋肉に寄生しています²。本来はクジラやイルカを最終宿主とし、海洋環境を循環しています。魚が死ぬと、寄生していたアニサキスは内臓から筋肉(=食べる部分)に移動するため、外見が新鮮そうな刺身にも入り込んでいることがあります。
人間がアニサキスの幼虫を生きたまま食べてしまうと、胃や腸の壁に頭から潜り込もうとし、強い炎症と痛みを引き起こします。これがアニサキス症です。なお、近年は流通網の発達で生鮮魚介を遠方でも食べる機会が増え、アニサキス食中毒は2013年の統計掲載開始以降、ほぼ増加傾向にあります¹。
どんな症状が出る?
- 胃アニサキス症(最も多い):摂取後数時間〜十数時間で、みぞおちに強く間欠的な痛み。吐き気・嘔吐を伴うことが多い²。
- 腸アニサキス症:摂取後10時間〜数日後に、下腹部痛・腹部膨満・嘔吐。まれに腸閉塞や腹膜炎の原因となることもあります³。
- アニサキスアレルギー:虫体の成分に対するアレルギー反応で、じんま疹・呼吸困難・アナフィラキシーをきたすことがあり、虫を除いても症状が続くタイプも報告されています²。
アニサキス症の腹痛は、急性胃炎・胃潰瘍・胆石発作・心筋梗塞など他のみぞおち痛と紛らわしいことがあります。「生魚を食べてから数時間〜半日以内に急に始まった激痛」 という時間経過がアニサキス症を疑う最大の手がかりです。腹痛の場所と原因の見分け方については、当院の腹痛の原因は部位別チェックガイド|図でわかるも合わせてご覧ください。
診断と治療:胃カメラで「見て・取る」
アニサキス症は、症状と「直近の生魚の摂取歴」から疑い、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)で胃壁に食いついた虫体を直接確認し、その場で鉗子(かんし)で摘出するのが最も確実な治療です²,³,⁴。多くの症例で、虫体を取り除くと数時間〜1日で症状は治まります。
虫体が確認できない場合や、すでに腸まで進んでしまった腸アニサキス症の場合は、絶食・点滴で炎症が落ち着くのを待つ保存的治療が中心となります。海外ではアルベンダゾールという駆虫薬の有効性を示す症例報告もありますが、日本では保険適用外で標準治療には位置づけられていません²。
なお、市販の正露丸・整腸薬・痛み止めでは虫体は排除できません。自己判断で痛み止めを服用すると痛みがやわらぎ受診が遅れることがあるため、強い痛みのときはまずは医療機関にご相談ください。一方で、症状が軽くアニサキス自体が自然に死ぬ・排出されるケースもあるため、内視鏡で虫体が見つからないからといって診断が間違っているとは限りません。
胃カメラそのものについては、当院の胃カメラってどんな検査?親しみやすく解説しますもご参考にしてください。
予防:知っていれば防げます
厚生労働省・農林水産省の指針では、確実な予防策は 「冷凍」または「加熱」 とされており、酢・醤油・わさび・塩漬けでは死にません⁵。
- 冷凍:−20℃で24時間以上(家庭用冷凍庫は温度変動があるため、より長めが安心)
- 加熱:中心部が70℃以上、または60℃で1分以上
そのほか日常で意識したいポイントは、
- 新鮮な魚を選び、購入後はすぐに内臓を取り除く
- 内臓近くの身(腹側)は注意深く目視で確認する
- 釣り魚や旅先で受け取った魚も同様の処理を心がける
- よく噛んで食べる(噛むことで虫を傷つけられる可能性は上がりますが、確実な予防法ではありません)
なお、寿司・刺身を提供する飲食店では目視検査・冷凍処理が行われていますが、家庭での自家調理は処理が不十分になりがちで、報告例の多くが家庭由来です¹。
秋の味覚とアニサキス——サンマ・サバ・イカで気をつけたいこと
アニサキス症は一年を通して起こりますが、食卓に上がる魚が変われば、原因になりやすい魚も変わります。秋は生のサンマが出回る時期です。東京都からの報告では、サンマの生食によるアニサキス症の増加もあり、9月と10月は他の時期に比べて有症事例の発生頻度が多い傾向があるとされています⁷。この報告は東京都での集計であり、また2017年時点のデータである点は補足しておきます。
サンマにアニサキスがいる、という話に驚く方は少なくありません。アニサキスというとサバのイメージが強いためです。ただ、これまでの研究ではサンマの内臓での寄生率は数%から十数%、筋肉部分でも1.8%と報告されています⁸。冷蔵・輸送技術が進んで生のサンマを口にする機会が増えたことが、秋の発生と重なっていると考えられます。
秋に注意したい食べ方を、魚ごとに整理すると次のようになります。
サンマ
刺身・たたき
内臓の寄生率は数%〜十数%、筋肉部分でも1.8%という報告があります。腹側の身は特に注意深く。
サバ
しめさば
酢では死にません。冷凍(−20℃・24時間以上)か、しっかり加熱を。
スルメイカ
塩辛・沖漬け・刺身
塩や醤油では死にません。細く切る(糸造り)と虫体を見つけやすく、傷つけやすくなります。
しめサバや、イカの塩辛・沖漬けのように「酢や塩に漬けてあるから大丈夫」と思われている調理法は、残念ながらアニサキスには効きません。厚生労働省の予防指針でも、確実な方法は冷凍(−20℃で24時間以上)か加熱(中心部70℃以上、または60℃で1分以上)の二つだけとされています⁵。
もう一つ、秋ならではの落とし穴が「もらった魚」「釣ってきた魚」です。産地直送やお裾分けで届いた丸ごとの魚は、店頭に並ぶ切り身と違って内臓が入ったままのことが多い。魚が死ぬと、アニサキスは内臓から筋肉のほうへ移動していきます。持ち帰ったらできるだけ早く内臓を取り除き、腹側の身は明るいところで目を近づけて確認する。この二つを習慣にしておくだけでも、家庭での事故はかなり減らせます。
そして、万一やってしまったときの出口も知っておいてください。生の魚を食べて数時間後にみぞおちが差し込むように痛みだしたら、市販薬で朝を待つより、胃カメラで胃の中を直接見て、いれば取るのが最短です。虫体を取り除けば、多くは数時間から1日で痛みが引きます。当院では急な腹痛に対する内視鏡検査に日々対応しています。
なお、秋は健診の結果が返ってくる時期とも重なります。「生ものを食べたわけでもないのに、みぞおちの痛みや胃もたれが繰り返す」という場合は、アニサキスではなく胃炎や潰瘍など別の原因を考えたほうがよいこともあります。症状が落ち着いてからで構わないので、一度胃カメラで中を確認しておくと安心です。血便や便通の変化が続いているようなら大腸カメラもあわせてご相談ください。
こんなときは早めに受診を
刺身・寿司・しめサバなどを食べたあとに、
- みぞおちが間欠的に強く痛む
- 吐き気が止まらない
- じんま疹・呼吸困難など全身症状を伴う
このような症状がある場合は、市販薬で様子を見ずに消化器内科を受診してください。当院では当日対応可能な胃カメラ検査体制を整えており、ご心配な症状があればお早めにご相談いただけます。
よくある質問
アニサキスが疑わしいとき、市販の痛み止めで様子を見ていいですか?
市販の痛み止めでは虫体は排除できません。自己判断で服用すると痛みがやわらぎ受診が遅れることがあるため、生魚を食べた後の強いみぞおちの痛みや吐き気がある場合は、まず医療機関にご相談ください。
アニサキスは自然に治りますか?
症状が軽く、アニサキス自体が自然に死ぬ・排出されるケースもあります。ただし、強い痛みがある場合や腸まで進んだ場合には保存的治療が必要になることもあるため、自然におさまると決めつけず受診をご検討ください。
緊急で内視鏡を受けられますか?
当院では、強い腹痛などの緊急の内視鏡検査に毎日対応しています。アニサキス症が疑われる症状がある場合は、当日の対応可否を含めてお早めにご相談ください。
サンマは焼いて食べれば平気ですよね?
しっかり火が通っていれば問題ありません。厚生労働省の指針では、中心部が70℃以上、または60℃で1分以上の加熱で死滅するとされています。気をつけたいのは刺身やたたき、そして炙りのように表面だけ加熱する食べ方です。
監修
横浜駅前ながしまクリニック 院長 長島周平(消化器内科)
参考文献
- 厚生労働省「令和6年(2024年)食中毒発生状況」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/
- Audicana MT. Anisakis simplex and Pseudoterranova decipiens — anisakiasis and allergy in the seafood era. Mol Aspects Med. 2018. PMID: 30417849
- Bao M, Pierce GJ, Strachan NJC, et al. Anisakiasis: An underdiagnosed emerging disease and its main etiological agents. Res Vet Sci. 2020. PMID: 32828066
- CDC. Clinical Care of Anisakiasis. 2024. https://www.cdc.gov/anisakiasis/hcp/clinical-care/
- 厚生労働省「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042953.html
- 農林水産省「海の幸を安全に楽しむために 〜アニサキス症の予防〜」 https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/f_encyclopedia/anisakis.html
- 東京都健康安全研究センター「東京都におけるアニサキス症とその対策」IASR Vol.38 p.71-72, 2017年4月号 https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/7210-446r01.html
- 大阪健康安全基盤研究所「生サンマにいるアニサキスに要注意」2018年9月28日(原著:小川和夫ら. 生食用サンマ加工食品からのアニサキス幼虫の検出. 日本水産学会誌 2012;78:1193-1195) http://www.iph.osaka.jp/s007/1000/20180927131115.html
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