2026年09月09日
「健診でこう書かれていたのですが、放置していいんですか」――外来でよく受ける相談のひとつです。バリウム検査(胃部X線検査)の結果表に「食道裂孔ヘルニアあり」と書かれていて、要精密検査とまでは指摘されていないものの、このままでいいのか判断がつかない、という方が少なくありません。この記事で伝えたいことは、ひとつだけです。食道裂孔ヘルニアが「ある」こと自体は、治療の対象にはなりません。問題は、その下で食道に何が起きているか。そしてそれは、バリウムの画像だけでは分からず、確かめるには胃カメラが必要になる、ということです。
食道裂孔ヘルニアとは、どういう状態か
食道と胃のつなぎ目は、本来、横隔膜のちょうどその位置にあります。食道裂孔ヘルニアは、このつなぎ目が横隔膜より上――胸腔側――にせり上がってしまった状態を指します。日本消化器病学会・日本消化管学会が出している「胃食道逆流症(GERD)ガイド2023」でも、正常な状態は「胃と食道のつなぎ目が横隔膜に一致している」形として図示され、食道裂孔ヘルニアがある場合は「つなぎ目がせり上がっている」形として説明されています[1]。このつなぎ目には胃酸の逆流を防ぐ働きもあり、位置がずれることでその働きが弱まり、胃酸がより食道に逆流しやすく、長くとどまりやすくなることも同ガイドで指摘されています[1]。
正常な状態
胃と食道のつなぎ目が、横隔膜の位置に一致している。
食道裂孔ヘルニアがある状態
胃と食道のつなぎ目が、横隔膜より上(胸腔側)にせり上がっている。
※ 模式図です。日本人における食道裂孔ヘルニアの頻度は、今回参照した資料からは確認できていません。
タイプはいくつかありますが、実際に見つかるものの大部分は、胃と食道のつなぎ目だけが胸腔側にすべり上がる「滑脱型」で、すべての食道裂孔ヘルニアのうち最大95%を占めるとされます[3]。この滑脱型の多くは症状がないまま経過します[3]。
あること自体は、治療の対象ではない
健診での指摘をきっかけに来院される方は、外来で伺ってみると自覚症状がないことも多いものです。食道裂孔ヘルニアの臨床的な意義を整理したレビュー論文でも「あること自体は治療の適応ではなく、それに起因する症状のある人に治療を行う」とはっきり述べられています[2]。ヘルニアという所見そのものは、経過観察でよいことがほとんどです。
ただし、逆流性食道炎やバレット食道との合併が多い
一方で、知っておきたい事実もあります。同じレビュー論文によれば、内視鏡や画像検査で逆流性食道炎と診断された患者のうち50〜94%に食道裂孔ヘルニアがみられ、比較対象となった対照群では13〜59%にとどまったと報告されています[2]。バレット食道の患者に限ると、72〜96%に食道裂孔ヘルニアが認められたともされています[2]。これは欧米の複数の研究をまとめたレビュー論文の数値で、日本人を対象にした調査ではありません。ただ、「ヘルニアの有無」と「その下の粘膜で何が起きているか」は別々に確認する必要がある、という点は参考になります。
バリウムでは分からず、胃カメラで確かめること
健診のバリウム検査は、食道と胃の「形」――つなぎ目がせり上がっているかどうか――を映し出すことはできます。しかし、粘膜の表面にただれ(逆流性食道炎)が起きているか、色調の変化(バレット食道)が起きているかまでは、バリウムの画像だけでは判断できません。それを確かめる方法は、胃カメラで粘膜を直接観察することだけです。
わからない:粘膜のただれ・バレット食道の有無
※ バリウムと胃カメラでわかることの一般的な整理です。個々の状態については診察でご確認ください。
私たちが外来で食道裂孔ヘルニアを指摘された方に胃カメラをお勧めするのは、ヘルニアそのものを治すためではありません。その下で食道に何が起きているかを、実際に見て確かめるためです。バリウムで「要精密検査」と言われたときの考え方はこちらの記事でも詳しく取り上げています。逆流性食道炎の原因や治療については逆流性食道炎とは、バレット食道についてはバレット食道ってなに?もあわせて参考にしてください。
手術が必要になるのは、どんなときか
食道裂孔ヘルニアがあるからといって、手術が必要になることはまれです。ガイドラインで手術が検討されるのは、「お薬による治療で症状の改善や食道炎の治癒が十分に得られない場合」「長期の服用が必要になる場合」「大きな食道裂孔ヘルニアを伴っているとき」など、限られた状況です[1]。手術の内容も、ヘルニアの修復と、胃で食道の下部を包み込む噴門形成術を組み合わせたもので、近年は腹腔鏡による方法が広く行われています[1]。ヘルニアを指摘された人の大半にとって、手術はまず視野に入りません。先に必要なのは、胃カメラで今の状態を確認しておくことです。
受診の目安と、これから
無症状の滑脱型ヘルニアそのものを急いで治療する必要はありません[2][3]。ただ、胸焼けやげっぷ、飲み込みにくさが続いている場合や、健診で「要精密検査」の指摘を受けた場合は、一度胃カメラで粘膜の状態を確認しておくと安心です。初めて胃カメラを受ける方向けの流れは初めての胃カメラ完全ガイドにまとめています。
当院では10月から12月にかけて、内視鏡の検査枠を一年でいちばん増やしています。12月の枠は、例年11月に入ると埋まり始めます。年内に確認しておきたい場合は、10月中から11月上旬を目安に相談していただくとスムーズです(年末年始は12月29日〜1月3日が休診です)。逆算したスケジュールの目安は年末までに検査を終えるための逆算スケジュールで紹介しています。症状の場所から考えたい方は腹痛の原因は部位別チェックガイドも参考にしてください。
よくある質問
食道裂孔ヘルニアは、放置しても大丈夫なんでしょうか?
多くの場合、そのまま経過を見て差し支えありません。ヘルニアがあること自体は治療の対象ではなく[2]、いちばん多い滑脱型というタイプは無症状のまま経過することがほとんどです[3]。ただ、胸焼けなどの症状がある場合や、これまで一度も粘膜の状態を確認したことがない場合は、胃カメラで一度確認しておくと安心です。
バリウム検査で見つかったんですが、これって治るものなんでしょうか?
「治す」という発想自体が、あまり当てはまらない病態です。所見そのものを消すことが治療の目的になることはなく、多くは経過を見るか、症状があれば逆流性食道炎としての治療を行う形になります[1][2]。大きなヘルニアで薬による治療の効果が乏しい場合に手術が検討されることはありますが、対象はごく一部です[1]。
症状が全くないのに、胃カメラまで受ける必要ってあるものですか?
バリウムでわかるのは「形」の異常までで、粘膜のただれやバレット食道のような変化があるかどうかは、バリウムの画像だけでは判断できません。それを確かめる方法は胃カメラしかないため、症状がなくても、健診での指摘をきっかけに一度確認しておく方は珍しくありません。
食道裂孔ヘルニアが原因で、手術になることってあるんですか?
頻度としては多くありません。ガイドラインでは、お薬による治療で症状や食道炎の改善が十分に得られない場合や、大きなヘルニアを伴う場合などに検討されるとされています[1]。手術はヘルニアの修復と噴門形成術を組み合わせたもので、近年は腹腔鏡による方法が中心です[1]。
監修
横浜駅前ながしまクリニック 院長 長島周平(内科認定医、日本消化器病学会専門医、日本内視鏡学会専門医、日本肝臓学会専門医)
参考文献
- 日本消化器病学会・日本消化管学会. 胃食道逆流症(GERD)ガイド2023(患者さん・ご家族向け). 2023. https://www.jsge.or.jp/committees/guideline/disease/pdf/gerd_2023.pdf
- Hyun JJ, Bak YT. Clinical Significance of Hiatal Hernia. Gut Liver. 2011;5(3):267-277. PMID: 21927653. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3166665/
- Watson TJ, Moritz T. Sliding Hernia. StatPearls [Internet]. Updated 2023 Jul 17. NBK459270. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK459270/
