2025年8月10日
胃腸炎とは何か?
胃腸炎とは、胃や小腸・大腸の消化管粘膜に炎症が起きている状態を指します。多くの場合、その原因はウイルスや細菌などの病原体への感染(感染性胃腸炎)ですが、まれに有害な化学物質の摂取や薬剤の副作用によって生じることもあります。胃腸の粘膜に炎症が起こると臓器が腫れて過敏になり、腹痛や吐き気、下痢などの症状を引き起こします。これはクリニックで「胃腸風邪」などとも呼ばれる一般的な病気で、健康な成人であれば多くは数日で自然回復します。ただし、脱水などを伴うと重症化することもあるため油断は禁物です。

胃腸炎の種類と主な原因
胃腸炎の原因は多岐にわたります。感染性胃腸炎の中ではウイルス性胃腸炎が最も多く、次いで細菌性胃腸炎、さらに寄生虫によるものが代表的です。ウイルス性ではノロウイルスやロタウイルスなどが有名で、冬季に流行し嘔吐や下痢を起こす「胃腸風邪」の主因となります。一方、細菌性胃腸炎は一般に食中毒と呼ばれ、夏場に多い傾向があります。原因菌としてはカンピロバクター、サルモネラ、病原性大腸菌O157などがあり、十分に加熱されていない食べ物や汚染された水を摂取することで感染します。寄生虫による胃腸炎は頻度は低いものの、クリプトスポリジウムなど一部の寄生虫は長引く下痢を引き起こすことがあります。
感染症以外にも、薬剤性胃腸炎といって薬の影響で消化管がただれてしまう場合があります。例えば抗生物質の使用後に腸内細菌のバランスが崩れクロストリジウム・ディフィシル(C. difficile)という細菌が増殖すると重度の腸炎を起こすことがあります。また、抗がん剤や放射線治療の副作用、消炎鎮痛薬(NSAIDs)の長期使用なども胃腸粘膜を傷つけ、下痢や腹痛を招く原因になり得ます。このように胃腸炎にはさまざまな種類がありますが、いずれの場合も胃腸の粘膜に炎症が生じる点は共通しています。
胃腸炎の主な症状
胃腸炎になると現れる症状は、原因によって多少異なるものの共通するものが多くあります。典型的には下痢、吐き気・嘔吐、そして腹痛が主な症状です。多くの感染性胃腸炎では突然これらの症状が現れ、食欲不振や発熱、悪寒、全身のだるさを伴うこともあります。腹痛はしばしば差し込むような(痙攣性)の痛みとして感じられ、腸がゴロゴロと動く音(腸鳴)を伴うことがあります。また、腸管内にガスが過剰に発生・蓄積するとお腹が張って膨満感が生じ、それも痛みの一因となります。症状の程度は、体内に入った病原体の種類や量、そして患者さん自身の抵抗力によって左右され、軽症で済む場合もあれば重症化するケースもあります。特に激しい嘔吐や下痢が続くと脱水症状に陥ることがあるため注意が必要です。
胃腸炎で腹痛が起こるメカニズム
では、胃腸炎の際になぜ強い腹痛が起こるのでしょうか。その原因は主に腸の炎症反応とそれに伴う生理的変化にあります。
まず、ウイルスや細菌が消化管に感染すると、腸の粘膜がむくんで水分を含みやすい状態(浮腫)になります。粘膜が腫れることで腸壁の神経が刺激されやすくなり、痛みを感じやすくなります。実際にウイルス感染では、感染した腸管の粘膜が腫れて水っぽくなるため嘔吐や下痢とともに腹痛が起こる、と説明されています。炎症によって腸の内部では粘膜からの分泌液や浸出液が増加し、腸管内に液体が過剰に溜まります。その結果、腸が拡張されて内部から押し広げられるため、腸壁の伸展を痛みとして感じることになります。このような腸管の張りと膨満も腹痛の重要なメカニズムの一つです。
さらに、胃腸炎では体の免疫反応が活発化し、炎症部位で様々な化学物質(炎症性メディエーター)が放出されます。例えばヒスタミン、ブラジキニン、インターロイキンなどの物質は炎症が起きた組織から放出され、これらが腸の神経(痛覚受容体)に直接作用すると痛みを引き起こします。実際、急性の胃腸炎のような積極的な炎症では、これらの炎症性物質が痛みの神経を敏感にさせ、痛覚を増強することが知られています。言い換えれば、腸の中で起こった戦い(免疫反応)の副産物として発生した物質が、神経を刺激して腹痛という不快なシグナルを脳に送っているのです。
もう一つのメカニズムは、腸のぜん動運動の亢進です。胃腸炎では体が侵入した病原体を排除しようとして腸の動き(ぜん動)が活発になります。特に細菌が産生する毒素やウイルスそのものの影響で腸の神経系が刺激されると、内容物を早く押し出そうとして腸管が痙攣的に収縮し、その結果差し込むような腹痛(腹部けいれん)を引き起こします。例えば抗がん剤治療では副交感神経への影響で腸のぜん動運動が活発化し下痢が起こることがありますが、感染性胃腸炎でも同様に腸が過剰に動くことで痛みを伴う便意や下痢が生じるのです。この痙攣性の痛みは一時的に治まってはまた波のように繰り返すのが特徴で、まさに腸が活発に動いているサインと言えます。
以上のように、胃腸炎で腹痛が起こる背景には、粘膜の炎症と腫れによる刺激、炎症性物質による痛覚神経の敏感化、そして腸の痙攣的収縮(ぜん動亢進)といった複数の要因が絡んでいます。胃腸炎の腹痛は体が病原体と闘っている証拠とも言えますが、痛みが強い場合には無理をせず医療機関で相談されると良いでしょう。適切な水分補給や対症療法によって症状を和らげることが可能です。ただし市販の痛み止めや下痢止めを自己判断で使うのは避け、必ず医師や薬剤師に相談してください(特に細菌性胃腸炎では下痢止めの使用が症状を悪化させることがあります)。胃腸炎による腹痛は非常につらいものですが、そのメカニズムを正しく理解することで適切に対処し、早期の回復につなげましょう。